SSブログ

最後の一行で逆転 [時事]

「タイパ」って言葉、頭が悪く聞こえるのは私だけ?

『「5時に夢中!」生出演のマツコ・デラックスがブチギレたZ世代の文化、
                   ”職場での無言帰宅”はタイパがいいのか?』

                               週刊女性PRIME より)

この記事、途中まで共感してました。

でも最後の一文で、この記事を書いた人が若い人で、
この人も”タイパ”を重視する人だということが分かります。

時間は大切です。
限られてもいる。

でも、本質を外してまで重視しても意味がない。

私はこのブログ上で「映像作品は時間軸の表現」と語っています。

倍速視聴はその表現を否定し、ブチ壊す愚行です。

そんな人は見なくてよろしい。理解できないから。

若者の論調は、怠けたい自分を誤魔化すための無意味な言葉遊びが多いと思います。

挨拶をすることで得られるメリットを知らないから
そんな失礼なことをやって平気でいられる。
本当にガキ臭い。

そのくせ自身を否定されるような事象に出会うと
誰ともコミュニケーションを取れないものだから
感情を制御できずに犯罪に走ったり
自ら人生を諦めてしまう。

本末転倒だ。
そっちの方がよほどタイパもコスパも悪い。

まあ、気付かないんだろうな。
気付いた時点でその人はガキではなく、
分かる人になってしまうし。

「良いものにお金をかける」
「ゆっくりと時間を楽しむ」
こんな素晴らしい人生の過ごし方があることに
早く気付けたら良いね。

それを知っているのが大人だと思うよ。

そうなるまでの試行錯誤も必要だけど、
単に否定するだけなら動物でもできる。

うーん、取り留めがない。

この文章自体がタイパ悪し。

結局上の記事のラストと一緒だった!
nice!(0)  コメント(0) 

78.0の憂鬱 [アクセラ]

私は出勤の車の中や会社でのデスクワーク中、
『BAYFM78』を聴いていることが多いです。

会社ではradikoを使用しているのでくっきり聴こえていますが、
自動車では付属のFMラジオが受信しているので、
多摩地区ではノイズが多くて聞き取りにくいことがあります。
それでも頑張って聴く。

ただ、ね。
この放送局の周波数、「78.0MHz」って、
どうやらトランスミッターのデフォルトの周波数に当たってるらしいのです。

どうなるかというと、
稀に周りの車が飛ばす電波を拾ってしまうのですよ。

突然、私はまず聴くことのないヒップホップがかかり始めたり、
深夜ラジオの軽快な語りが聴こえてきたり、
落語が耳に入ったり、
声優が歌うアニメの曲が乗っかったり…

トランスミッターを使っている方、
78.0はやめておいた方が良いですよ。
性癖ダダ漏れです。


ところで今日、通勤途中の青梅街道。

対向車線を走って来る赤い車体が目に入りました。

私と同じ、BL型MSアクセラです。

おー、と見ていたら運転手が嬉しそうにこちらに手を振っています。
思わず手を振り返してしまいました。

なんだかほっこり。
まあ、そんなこともありますね。
nice!(0)  コメント(0) 

若者は「進化」でおじさんは「老害」 [時事]

『マルハラ』に関して、以前こんな記事を載せました。

そして今日、若者側に立った記事を見つけたので紹介します。

『「マルハラ」は言い過ぎ 若者は区別しているだけ
        大学講師「メディア発のステレオタイプ」』

                      Hint-Pot より)

この記事を読んだおじさん(私)、
途中までは膝を打ちかけたのです。そうだよね、と。

でも。
この記事はおじさんを擁護してはいません。

おじさんに対し、
「そんなことも分からないの?」
と馬鹿にしています。
(私にはそう感じます)

そもそも、その距離感がおかしいのであって、
気安い関係だと思ってるから省略、なんて考えが失礼なのです。

そう、『失礼』。
「礼」を「失って」いるのですよ。

それは人と人との距離感を隔てる行動ではなく、
相手に対する礼を尊ぶかどうかという問題。

せっかく近付いてやってんのになに目くじら立ててんの?

なんて考えてるとしたらその人とは関わりたくありません。
あくまでも「自分発信」であって、
相手への配慮が欠けているからです。

こんなことを言って、私が老害と疎まれるのならもうそれで良いです。
でももちろん、礼儀正しい若者もいるわけで、
そう言った人とは良好な人間関係を築けていますから
私が偏屈なおじさん、ということではないと思っています。

若者が自分勝手にぐちゃぐちゃにした日本語を
ありがたがって使う気は私には全くありません。

仲の良い若者同士がどんな言葉を話そうがどうでも良いことです。
ただ、世界中にそれが共通の意識として通用すると思うな、と言いたいだけです。

私は武田鉄矢さん、大好きですよ。
nice!(0)  コメント(0) 

「低予算なのに高品質」を誉めてはいけない [映像・芸術]

第96回アカデミー賞で2つの快挙が報じられました。

宮崎さんのアニメが評価されたのは、
もちろん作品の良さが認められたのだと思いますし、
昨今のハリウッドのポリコレ問題へのアンチテーゼな気もします。

驚いたのは、『ゴジラ -1.0』の「視覚効果賞」の受賞です。
(私は『SPACE BATTLRSHIP ヤマト』を観て以来、
 山崎貴監督に対して否定的でした。すみません)

ゴジラの受賞を伝えるネット記事の中に、ちょっと気になるものがありました。

『「ゴジラ -1.0」ハリウッドの救世主だった
   映画プレゼンター解説「空いた映画館をゴジラが埋め…」』

                    スポニチ Sponichi Annex より

書いてある記事の内容はまあ、そう言うことなんでしょう。
ただ、低い予算なのに高いクォリティだから評価された、
というニュアンスに私は引っかかったんです。

見方を変えれば、
「ハリウッドの1/10の給料で日本のクリエイターは仕事をしていた」
と言うことになりますよね。
(2014年の作品と比べているようなので、実際の差はもっと大きいでしょう)

ここをもっと問題視して欲しい!

日本の賃金は安すぎるのです。
クリエイター個人個人が安月給に歯を食いしばって耐えた上で実現した品質です。
美談なわけがない。悲劇です。

末端のクリエイターには、この受賞は何ももたらしません。
ささやかな満足感が残るだけです。

宮崎さんの作品だって同じこと。
動画マンや仕上げ担当は「1枚数百円」とかで絵を描いていて、
どんなすごい賞をとっても後からこの値段が変わることなんてないんです。

悪い条件の中で工夫する、という日本人の器用さは誇れるものですが、
その見返りは小さな名誉だけであり、生活には結びつきません。

それでいいのか?日本よ。

ギブミー高給!

あ、本音が出たので終わります。。。



末筆ですが、
関わったスタッフの皆さん、
おめでとうございます!
nice!(0)  コメント(0) 

叱らない親は子供の成長にとって悪でしかない [時事]

このブログでも何度も語っている、

他人の迷惑は考えず、自分の権利だけ主張する人

こんな人が増えているのは、
無闇に放たれる個人の自由といった言葉と
それに伴う周囲の人との繋がりの欠如、
またバブル以降の世の中に蔓延する無気力さや無責任さからくる
想像力や当事者意識の低下によって
何もしない、関わらないことをよしとする感覚が
積極的な対応から人々を遠ざけているんじゃないかなあと、
まあそんなことを私は考えているわけですが。

そんな気持ちにスッと入って来たこんな記事を紹介します。

『不満を感じただけで”いじめ”だと主張する…
   最近の子供を苦しめる”押し返される経験の不足”という大問題』

                       PRESIDENT Online より

私は残念ながら子育ての経験なく人生の終盤に入ってしまいましたので
こんな話をするのはおこがましいのですが、
やはり世の親の育て方が間違っていると思うことは多々あるのです。

最近、自分ごとでこれを感じているのが、
私が関わったあるアニメ作品についてのネットでの反応です。

「セクシー田中さん問題」もあり、
小説や漫画原作ありの映像化にはアニメ業界も
問題意識が高まっている(高まってますよね?)昨今ですが、
やはり気になって自分の作品をネットで検索したりするのですよ。

そうするとまあ、辛辣な意見が出てくる出てくる。
ちょっと落ち込みます。

でもよく見てみると、否定的な意見のほとんどは
「原作と違う」
「私の知っている作品とは違う」
「私の感じた印象と違う」
と言う主張であり、
作品の良し悪しを語っているわけではないことに気付きます。

原作と完璧に一致させることはできません。

映像を観る人と原作を読む人とでは、
対象が完全に同じ、ではないからです。

また、映像と小説や漫画との違いは
『時間軸』の存在です。

もちろん、小説であれ漫画であれ、作品の中には時間が流れています。
しかし、小説や漫画の中に流れる時間は読み手が自由に調整できますが
映像は全てリアルタイムです。言ってしまえば事象の時間軸を表現するのが映像なのです。

そこに生まれる認識の齟齬を
「改悪」と理解するのはあまりにも身勝手で思慮に欠ける考えだと思います。
また、それを声高に主張するのも無責任です。

”違い”を認識するのは扉のノブに手を掛けただけにすぎず、
その違いが良いものなのか、悪いものなのかを客観的に指摘できなければ
評価という高尚な行動に結びつきません。

また、好きか嫌いかを
作品の評価に結びつけるのもあまりにも稚拙です。

「辛口批評」とか見出しにつけている人のほとんどは
評価には程遠い、ただ自身の好き嫌いや表面的な印象に
無意味な言葉を並べ立てているだけです。

原作と違うことにどんな意味があるのか。
なぜその表現を使ったのか。
それは適切だったのか。
意図した通りに視聴者に伝わるものだったのか。
そもそも何を意図したのか。
これらを理解して咀嚼して別の意見として他人に伝えられてはじめて、
批評や評価が成り立ちます。

もっと掘り下げたいところですがここで言いたいのは
あくまでも子育ての話。
戻しましょう。

自分の思い通りにならないことを否定し、回避する。
それを続けていけば社会に適合できないことは明白です。

そうならないように親が子供を躾ける。

なんなら近所の大人がやってはダメなことを教える。

こんな社会構造無くして、
みんなが幸せになる社会って、成り立つんでしょうか?

単に個人がわがままを通せる社会って、
本気で実現できると思ってる人、います?

高速道路で故意に事故を起こして人を殺しておいて、
裁いた裁判官に「俺が出るまで待ってろ!」とか言えちゃう人間が
実際にどんどん増えてる世の中に危機感を覚えませんか?

色々と守られている学生から社会に出た時、
思い通りにならないことなんて山ほどあります。
いやむしろ、思い通りになることなんてほとんどない。

そんな時、自分ではなく周囲をなじって、
とにかく逃げて逃げて、それで一体どこに辿り着くんだろうか?

それじゃあ生きていけないよと、
大人に教えてもらえなかった子供がかわいそう。

ああでも、
仕方ないよねと自分を誤魔化し続けた結果が今の自分か、と考えると
理想を語ってもちょっと辛いなあ。

世の中の親御さん、
大変な思いをしていることでしょう。お疲れ様です。

私には世の中が子育てしやすい環境になることを願うことしかできません。

せめて良い大人になりたい、なあ。。。
nice!(0)  コメント(0) 

なにッ!? 3ローターHVだってぇッ! [車全般]

昨年(2023年)のジャパンモビリティーショーで話題の中心となった

『mazda ICONIC SP』

ですが、先日明らかになったパワートレインの仕様が
今まで言われていたものとは違っている可能性が出てきたのです。

当初は
「2ローターの発電用エンジンを積んだレンジエクステンダーEV」
(あくまでもモーター駆動であり、エンジンは発電用)
でした。

ところがッ!
ところがです!

「3ローターエンジンと3モーターのHV」

こんな、誰もやったことのない夢のような仕様が申請されていたのです。
(エンジンでもモーターでも駆動可能で、フロントにはインホイールモーター)

っていうか、申請は昨年のうちに出されていたようなので、
(もちろんICONICの仕様ではないかもしれませんが)
マツダは最初からロータリーエンジンをリアタイヤの駆動に使うことを
想定していた、ってことになります。

騙された!

いやこんな嘘なら騙されたいッ!


ちょっとこの動画を見てください。

『「新車」トヨタの力を借りてマツダが新車
      「3roter ICONIC SP」を出す可能性が出てきました』

              YouTube 「枯れた整備士ひでぽんちゃんねる」より

この人が言うなら信用できます。
(ICONICの仕様だとは断定していませんけど…)


ただ…

値段はどんなに安くても10000000円以下にはならないと思う。

やはり庶民には手が届かないでしょう。
(ICONICが2ローターのレンジエクステンダーEVならもっと安い、かな)

それでもマツダには出して欲しい!

がんばれマツダ!


私は…
中古の8を買うのが精一杯です。
多分。。。
nice!(0)  コメント(0)