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バカな自転車 [走る機械]

『自転車バカ』と書くと、
ものすごい自転車好き、という肯定的な呼び方になりますが、
ここで言いたいのはまあ、とにかく”バカ”なヤツらの事です。

今朝、車での通勤時、3人の自転車運転者から睨まれました。

内訳はこうです。

1)右側通行するバカ

2)道路の真ん中を通行するバカ

3)信号無視するバカ

年齢も性別もバラバラなこの3人に共通するのは、
止まって待ったり、ギリギリで避けたり、急ブレーキを踏んだ私に対して

「何しやがるんだ」

といった高圧的なカオで睨みつけてくる、ということ。

正直、わざわざぶつけに行って跳ね飛ばしたい衝動に駆られます。

とにかく、自転車に乗る大部分の人は自分の立場を理解していない、と言えるでしょう。

自転車は『車輌』です。

歩行者と同格ではありません。
むしろ、分類上は『車』です。
交通法規の尊守は絶対義務です。
(「尊守」って言葉、辞書に無いらしい。確信犯的に使う誤字だって。)


これはでも、「交通教育が浸透していない」なんてカンタンな話しではないと思います。

日本という国が直面している、『民度低下』の大命題がそこに見えるのです。

歩行という行為は人間の移動手段として根源にある事ですからこれが全ての基準になりますが、
自転車に乗る多くの人が、この”歩行者”という立場から出ていないのがまず最初の問題です。

これだけならそれこそ”教育”で解決できるでしょう。
単に警察や学校、そして親が怠慢なだけです。

いや、それも十分にままならない問題ですが。

本当に懸念するべきなのは、
自分が悪い事をしている、という意識が全く無いこと。

「オレが何をしようが、オレの勝手だろう」

この意識から抜け出せないならば、
自転車が原因で起きる事故が減る事はありません。

そしてお気付きでしょうか?

この利己主義意識は、高速鉄道の事故を隠蔽しようとしたあの大国と
全く同じ行動原理へと繋がるものなのです。

思考が全て『内向き』な人と、
『外向き』な思考ができる人。
この違いは”正反対”なんて軽い言葉では表現できないほど重大です。
(実際にはそんなに単純じゃないですけどネ。バランスが大事。)

自分の行動を決めるのは自分自身であり、
それは尊重されるべきものです。

でも、ここで好きな事をやる、というのが『自由』を示すのではありません。

『自由』とは、『選択する権利』のことであって、
”どんなことをやっても社会が保証します”という意味では断じてない!

規則が有り、マナーが有り、気遣いが有って、
それらを含めてどう行動するかを選択できる。
それが基本的人権なのだ。

「オレは右側を走る。何が悪い?」

こんな事を考えている人は、悪い人なんですよ。

 自分が右側を走る事で周囲にどんな影響を与えるだろうか?
 それによってどんな結果が起こるのだろうか?
 では、自分はどう行動するべきだろうか?


この思考パターンを構築できない人は、
公共の場に出てはいけません。

あるいは、お隣の大国で堂々と渡り合って下さい。


警察の方に言いたい。

本気で取り締まって下さい。自転車を。

「身近な乗り物だから便宜を図る」

なんて言ってると、自転車から自動車に乗り換えても
この人たちは同じ感覚で公道を走る事になりますよ?

今の日本は、きちんとした”教育”が成されていない場面が多い。 多過ぎる。

誰も何が正しいか教えない。
そして答えは自分で見付けろ、と突き放す。
それが自由というものだ、としたり顔で。
放り出されたヒヨコは安易な情報と
自分を否定しない仲間だけを信じて利己主義を固めていく。
これが教育不在の日本。

そんなことじゃあ、先は知れてる。

誰も危機感を覚えないのかな?


まあ、ハナシがでかくなり過ぎたので、ちっちゃいトコに戻します。

『自転車の交通ルール&マナー』(警視庁)

『自転車の交通安全』(警視庁)

『東京都の道路交通規則が変わりました』(警視庁)

『自転車でのイヤホン』(教えて!goo)


…どおでもいいけど警視庁さんよォ…
分り難いよ、規則が。
もっと伝わるようにアタマを使わないと誰も規則なんて守れないヨ。
だってバカばっかりなんだから。

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ちなみにコレは私のチャリ。滅多に乗らないけど…
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